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オーストラリアwithスペシャルキッズ

個性的な息子たちが日本デビューする日まで

死ぬ前には身辺整理

先日、不動産屋の定期点検(借主がきれいに使っているかを見に来る)がありました。

オーストラリア在住10数年、住んだ物件はアパート、マンション、二世帯住居、一軒家10軒近くありますが、今まで何も言われたことはありませんでした。

それが今回、不動産屋から衝撃のコメント。

「家の中が散らかっているので片づけてください」

引越してきて半年経ちましたが、まだ段ボールとか山積みです。。。

これはガレージや家の中に収納がないということが大きいです。

前の家が1だとすると今のアパートの広さは2分の一に近い3分の二。

子どもたちのWiiUゲーム、最近はスカイランダーやレゴディメンションズに凝っていて、大量のフィギアは転がってるし、ゲームに接続したステージなどケーブルも多々。

私は超合理主義で普段使うものは出しておきたいので、いろんなものが棚の上に並んでいます。(私には置き場がわかっていて「並んでいる」んだけど、他人がみたら出しっ放しという表現になるのかも)

そして引き出しの中やクローゼットの中は空だったりします。

この状態をコンピュータで考えてみると、ストレージは容量まだまだあるのにワークスペース制限いっぱいに使われている感じ。

ストレージに入れればいいのに、入れたくないんです。

いつも作動中。

メルボルンのくまこさんのブログに、家の片づけはマインドだ、と感銘を受けていらっしゃいました。

そうです、家の中はマインドを現します。

価値観といってもいいのでは?

家の中がぐちゃぐちゃ=頭の中もぐちゃぐちゃ

たくさんの妄想の断片がいつも頭の中にあります。

そしていろんなことを同時進行で考えています。

思い起こせば20代から一人暮らししていたときは多分死にたいと思っていて、いつ自分が死んでもいいように、知らない人が家の中に入ってきてもいいように、家の中は片づけていました。

死に際は美しく。物を残さない。

誰かが亡くなって残ったものを他人(身内でも)が処分するというのは本当に大変です。

高齢の両親にはいつ死んでもいいように家の中を片づけてほしいと思っていますが、考えてみたら高齢者に限らず人間いつ死んでもおかしくないわけで。

逆にすぐ簡単に死なないために家の中を片づけないまま、物があふれたままでいる、とも言えます。

私にとって家の中がシンプルということは死ぬ準備ができているんです。

とりあえずDS2が18才になるまでは死んではいけないと思ってるので、あと9年。。。

逆算して家の中を片づけていこうかなと思います。